達人を信じるな。

2024年03月27日

時に達人と呼ばれる方々は
突拍子もないことをおっしゃいます。

それは私たちが目指している
まさにその場所にいることで
出てくる言葉だからなのかな。

才能でその場所にひとっ飛びで行けてしまった。
もしくは、ただただ修行しているとそこにいた。
そうなると例え自分の経験からの言葉だとしても
私たちには突拍子もないことに聞こえてしまいます。

信じるな、と書いてしまいましたが、
言葉通りではなく、
その達人の言っていることは
まだ、わたしにはわからないものなので、
目指す方向だけは確かめさせていただくにとどめて
地道に練習していきましょう、ということです。

練習していくとそうなるんだなあ、くらい。
それくらいにしておく。
ぼやんとしたものでいいかもしれません。

アレクサンダーテクニークでよく言われる
わたしが呪文と言っているものも
そのようなものの一つです。

「首がフリーで頭が前上背中は長く広く」

これは練習していくうちに、
まさしく「そうなる」状態を言葉にすると
こう言うしかないというものです。

(本当によく観察しているなあ。
そうしないとこんなふうに表現できません。
さすがですアレクサンダーさん)

初めのきっかけをどうするのか。
これって大事ですよね。
達人のいるところに行くにはどうすればいいのか。

わたしの今の考えでは、
細かく見ていくこともしながら、
なるべく全体を捉える練習をするしかないのでは、と。

「細かくみる?
バラバラじゃダメなんじゃないの。
そう言う記事書いてるじゃない。」
まあ、そう言う記事書いてます。はい。
でも、でも、やっぱり
細かく見ていくことでしかわからないことって
いっぱいあって、、、、。

わたしは自分の身体なのに、
あるものとしていなかった部分が山のようにありました。
事実としてその部分は持っているんだけれど
あるとしてなかったんですよね。
その代表が背中側です。
自分の後ろって認識しにくい。

細かく見ていった部分を全体に馴染ませていく。
そうしてただただ全体として思うだけで良くなるように
練習していく。達人じゃない私たちはこうするしかないのかな。 

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