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身体をパーツごとに分けて考えることもできない。
腕は腕だけで成り立ってはいないし、
脚も脚だけで成り立ってはいない。
上半身と下半身も同じ。
頭と身体も。
腕を使って何かするとき必ず全身を使っている。
歩く時も必ず全身を使って歩いている。
そもそも骨と筋肉と分けることも
「動き」の観点からは分けることのできないものだ。
骨で動くわけでもなく
筋肉で動くわけでもないから。人間を機械のように考えるなら、
筋肉が骨を引っ張って動くと説明できますが、普段私たちが、
脳から指令を出して筋肉を収縮させ骨を引っ張る、
なんてことをやっていますか。やっていませんよね。
動かそうとすら思っていない。
ただやろうとすることをやっているだけで、
コップを取ろうと思っただけで、
信号が青に変わったと思っただけで、
目的の動きができています。
...

身体を意識する。

2026年01月05日

緊張すると急に身体が意識される
だから困惑しているだけ、かも。

先日、違う先生のワークショップに参加していた時に、参加者同士でワイワイしている中、
「腕を回す(内旋/外旋)ときは、小指側(尺骨)を軸にして回すんだよ」と言われた。
知ってるよー、と内心思いながら聞いていた。小指側を軸にして回すといつもと違う感覚があり、やっぱり自分は中指を中心にして回しているんだなー、と確認したくらいでした。

習慣と行動

2026年01月03日

「する」ことは習慣に従ってしまうので、
そこを切り離す必要があります。

やっぱり翻訳か。

2026年01月02日

テクニックって日本語では技術です。
もちろんアレクサンダーさんが開発発展させた
技術なのは間違いないのですが、
日本語で技術というと、
何かするときに使うものという印象がありませんか。

身体に帰ろうと言っているわたしが
思い込みで判断していた、というはなし
の、続き。

思い込み。

2025年12月29日

アルトクラリネットのペグの高さについて
勝手に解決したと思ってしまっていました。

コップの中の水

2025年12月28日

自分が変わることへの恐怖、不安は
人間の根源的なものなのかもしれない。

与えられた刺激に対する特定の反応を抑制することにつきる。
しかし、そのように見ているひとはだれもいない。そのかわりに、
いすに座ったり、いすから立ったりするのを正しくすることだと思ってしまう。そのようなものではまったくない。
生徒こそが何をするか、しないかを決定するのである。

だれでも正しくありたいと思う、しかし自分で正しいと思っていることが正しいかどうか、だれも立ち止まって考えない

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