パターン。
2026年03月14日
特別な何かをやっているときに
やっていることは、程度の差こそあれ
いつでもやっている。
特別な何かをやっているときに
やっていることは、程度の差こそあれ
いつでもやっている。
レッスンで動きについてみていく時、
私が動きをガイドしてもしていなくても、
生徒が習慣やクセでやってしまうことが多々あります。
何年か前なら、エネルギーの流れ??
あ、や、し、い。
それですませていたのですが、
最近はちょっと待てよ、と。
あしって、英語だとfootとlegと
足首から先と足首から胴体までと
分けられていますが、
日本語であしと書くと、なんとなく
胴体から下という感じで
漠然とした感じを持つのではないでしょうか。
わたくし、ずっと、きちんとできていないものは
ダメだと思い続けていました。
たいていの方は
背中側をアップしようとすると、
お腹がわを縮めてしまします。
その逆も然り。
教えてもらうって、近道なんだけど
教えてもらって出来たことって
本質を(まだ)わかってはいないから、
そのことにしがみつきがちになる。
それらは全体を部分に分け結果を統合する形で
もう一度全体を考えようとしているからだ。
意外に思うかもしれませんが、
私たちはいつでも何かの指示を出しています。
学生の時に部活動などで、
何かに打ち込んだことのある人ならわかると思いますが、
何かを身につけようとしたり、
何かが上達するには時間がかかります。
レッスンが終わって部屋から一歩出たら
元に戻りますよ、と言ったりします。