パターン
特別な何かをやっているときに
やっていることは、
程度の差こそあれ
いつでもやっている。
特別な何かをやっているときに
やっていることは、
程度の差こそあれ
いつでもやっている。
動きをリードするものはどこでもいい
足からでも、
手からでも、
頭からでも
アレクサンダーテクニークでは、
自分の使い方をレッスンします。
自分の使い方?いきなり専門用語なんですが、
何かしようとするときに反応する
その全体的な、自分全体の反応のパターンのことです。
お風呂に入るとゆったりした気持ちになります、
大舞台に立つと緊張したり、
電車のドアが開くと降りようとする。
その時身体は、
お風呂に入ると緩ませようとするし、
舞台に立って緊張すると縮ませようとする、
ドアが開くとそっちに向かおうと体をかたむけたりする。
目的に達する効果的な手段あるいは状態が、形成された習慣とは
別個に存在するということです。
そしてそれが、習慣にさからって
働きはじめるとさえ仮定されている。
ーージョンデューイ「人間性と行為」
自分の使い方を学んでいきます。
使い方?なんのことでしょうか?
何かに反応した時の
自分のくせなんかがそうです。
だれでも正しくありたいと思う、
しかし自分で正しいと思っていることが
正しいかどうか、だれも立ち止まって考えない
与えられた刺激に対する特定の反応を抑制することにつきる。
しかし、そのように見ているひとはだれもいない。そのかわりに、
自分自身のことなのに、
なんでこんなことやってるんだろう、とか
この動きをやめたいのに、
どうしてもやってしまう、とか
本当に自分って興味深いですよね。
手当てと言って、
痛いところや、辛いところに
親しい人が手を置いて
じっと治るように祈っていました。
困っています。
生徒にこう言われたとき、もしくは
自分自身が困っているとき、
あなたならどうしますか。
ただただなにもしないだけなんですが、
ついつい、今までやっていたこととは
反対のことをすることで、
やっていない感を得ようとしたり、
なにもしないぞっ、と
ガチガチに固めてしまったり、
何にも起こっていないんだあ、と
起こっていることを無視したり、
なにか「する」ことで、
なにもしないをしようとしてしまいがちです。