思考翻訳。
2026年03月30日
考えたことが筋肉活動として翻訳されるなら、
考えていることは、見える。
考えたことが筋肉活動として翻訳されるなら、
考えていることは、見える。
自分の中にある、思い込んでいる
正解を自分自身に押し付けていただけだった。
何かを習っていてもですね、
自分で決定していく必要はあります。
練習の奥義ってものがあるとすれば、
そういうことだと思うんです。
何かを真剣にしている時
ありがちなのが、目が死んでしまっていること。
落ちたものはすぐに拾わなきゃっ、とか、
間違いはダメっ、って思い込みありませんか。
間違った使い方をやめることで
よりよい使い方を条件づけるようにしていく。
何かを学ぶって
色々な知識やなんやかやを
覚えることとは違います。
歩く時を例にすると、
どちらかの足を前に出して、
どのくらいの幅で動かし、
段差がないか確認して、
どのくらいの速さで動かすかを決め、
前に出した足が着地したら、
今度は反対の足を同じように動かして、、、、
とすることだと思うのではないでしょうか。
動きを改善しようとした時に
あなたが持っているイメージとは
違うイメージで動くことを知り、
そのイメージで動くと
いつもとは違う動きができます。
同じものを体験したとして、
その体験を伝えるときに
違う言い方ができる。