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ただただなにもしないだけなんですが、
ついつい、今までやっていたこととは
反対のことをすることで、
やっていない感を得ようとしたり、
なにもしないぞっ、と
ガチガチに固めてしまったり、
何にも起こっていないんだあ、と
起こっていることを無視したり、
なにか「する」ことで、
なにもしないをしようとしてしまいがちです。

手当てと言って、
痛いところや、辛いところに
親しい人が手を置いて
じっと治るように祈っていました。

パターン。

2026年03月14日

特別な何かをやっているときに
やっていることは、程度の差こそあれ
いつでもやっている。

やってみる。

2026年03月13日

レッスンで動きについてみていく時、
私が動きをガイドしてもしていなくても、
生徒が習慣やクセでやってしまうことが多々あります。

何年か前なら、エネルギーの流れ??
あ、や、し、い。
それですませていたのですが、
最近はちょっと待てよ、と。

ただただみる。

2026年03月11日

あしって、英語だとfootとlegと
足首から先と足首から胴体までと
分けられていますが、
日本語であしと書くと、なんとなく
胴体から下という感じで
漠然とした感じを持つのではないでしょうか。

たいていの方は
背中側をアップしようとすると、
お腹がわを縮めてしまします。
その逆も然り。

教えてもらうって、近道なんだけど
教えてもらって出来たことって
本質を(まだ)わかってはいないから、
そのことにしがみつきがちになる。

分けるな危険。

2026年03月06日

それらは全体を部分に分け結果を統合する形で
もう一度全体を考えようとしているからだ。

意外に思うかもしれませんが、
私たちはいつでも何かの指示を出しています。

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