伝言ゲーム
師弟関係や先達から教えられて伝わっていくものって、
代を重ねるごとにいろいろ変化していってしまいますよね。
私はアレクサンダーテクニークの教師をしています。
学校で学んでいる時も先生がいましたし、今も師匠がいます。
教わったことを進化させて次に伝えていく、って
これ本当に進化と呼んでいいのか?
という疑問です。
師弟関係や先達から教えられて伝わっていくものって、
代を重ねるごとにいろいろ変化していってしまいますよね。
私はアレクサンダーテクニークの教師をしています。
学校で学んでいる時も先生がいましたし、今も師匠がいます。
教わったことを進化させて次に伝えていく、って
これ本当に進化と呼んでいいのか?
という疑問です。
生まれたのは母の出身である島根県で生まれ
その後父の出身である大阪で育ちました。
アレクサンダーテクニークでレッスンでお伝えする呪文。
なぜ呪文なのか。
無意識に正しいを選んでませんか?
私は選んでしまう自覚あります。
アレクサンダーテクニークで自分自身を再教育していくと
なぜ姿勢が良くなり呼吸がラクになることがあるのか。
専門性の高いものはなんでもそうですが、
「すぐに上達する〜」というもの、みなさんはどう思いますか?
これさえやればオッケーみたいなやつです。
何回も同じように間違えるとか、
覚えておいて次はそれやろうと思ったことを
忘れて、その時に気になったことをやってしまうとか。
なんでだろうとは思いません。
そういうものなんです。
わかる人いたら嬉しい。
小沢健二さんの「天使たちのシーン」の歌詞の一節です。
大学生の頃に初めてオザケンを聴きまして、
なんだかこの言葉が引っかかったというのか、気になったというのか
ずっっっと頭に残っています。今も。
ここで言う正解は
それが真実であるということではありません。
一般的に言われる正解とは意味が違います。
歩き出すときにどちらの足から出しますか?
特に決めていなくても大体同じ方の足から出すのではないでしょうか?
いつもとは違う方の足から出すと違和感がすごいと思います。
習慣的な動きって何も考えなくてもできるようになっているから便利なんです。
考えなくてもできるので、その分他のことにまわせる。
車の運転なんかもそうですよね。
アクセルブレーキの位置をいちいち確かめていたら安全運転なんてできません。
どんどん考えなくてもできることが増えていくので、周りに気をつけて運転できるようになります。
2年前のアウトプット。
少し考えが変わっているところもありますが、